太郎山にておもふ

・道が無かったとき

 ⇒絶対、1月の筑波山とかの経験しか無い時に来ても、ビビッて

  登れなかったよなぁ。

  ⇒そもそも、その時に太郎山はガイドブックには載ってたはずだけど、

   全く眼中になかったよなぁ。

 

  ってことで、実は登るべき時に登るべき山に登ってるのかな。

  と考えると、一発目の去年のキリマンジャロ

  自分にとってどんなメッセージなんだろか?? 

 

  人生に広げると、出会うべき出来事に出会うべき時に出会う なんちゃって。

  阪神大震災は何かの意味があったのかな??

  わからん!

 

  

 

・「思う」のか「思わされる」のか「思ってしまう」のか

  

  そもそも「やる気」ってなんなんやろな と。

  例えば太郎山とか、1週間前までは登る気ほぼゼロ。

  でも何となく、今市のホテルを予約して、「登りたい!」って

  いつのまにかなってた。

  よく本とかに書いてるけど、自分は宇宙のビッグバンからの爆発の残りかす説。

  要は自分の運命はあらかじめ決まってるってやつ。

 

  ビリヤードにたとえてみると、誰かがある球を衝きました と。

  そしたら球にあたって、台上の球はあちこちに衝突を繰り返していきます と。

  その内の球の一つが自分。

  

  でも、確かに客観的に見たら、そら、自分の行く末は決まってたんだろうけど、

  球本人からしたらどうなるか分かりませんわな。

 

  で、何が言いたいかというと、人生なるようにしかならん説 笑。

  

  偶に、意思や思い込み、ガッツが大事と言う人もいるけど、

  それらを持つ自分になるって偶然じゃないのかな という気がしなくも無い。

 

  眠いわ。。