MOMAT

って国立近代美術館のこと。

近代住宅の特別展やってたので行ってきた。

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珍しく一部は写真OK。会場内こんな感じ。

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住吉の長屋安藤忠雄の作品の模型。

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感想。

・・・自由はつらいなって。

 

戦後の近代化の日本の中で、色んな建築家がいろんな試みをしてきてたのが

この展覧会で良く分かった。だけど、住み手側からすると「これってどうなの?」っていうのがたくさんあったね。

 

例えば、ピロティとか、作ってる側からすれば面白いかも知れないけど、

そこに住む人は、住宅は周りから眺めるものでなく、住むものであるわけで。

住宅の中に居たら、自分の身の回りのものは、床壁天井と開口部から見える外の景色が

基本的なもの。

ピロティか否かなんか関係ないような気が。。。

むしろ、自分の存在する床が不安定に宙に浮いてると、私なんか

落ち着かんっておもうのだけど。

 

もし地理的条件で、ヴェネツィアのように、浅瀬の中に作られた街で、

道路が水路になっている為、色んな制約が出て来る みたいな流れでピロティが

出てきたのであれば良いのだけど、そういうわけじゃないよね。

 

何か、設計者が設計中に模型をこねくり回している時に、「建物を浮かしてみたらおもしろそうちゃう?」みたいなノリでピロティを作ったんであれば、そりゃ作ってる方は

面白いやろけど、、、

 

要は、戦後開発された住宅地で、何の制約も無い土地に住宅を作れっていったって、

建築家は何か特徴をださないといけない という状況に追い込まれて、むりやり

「こんなんやってみましたぁ!」っていうのが、冒頭の、「自由ってつらい」

ってことの意味です。

 

そういった中で、住吉の長屋はある意味制約だらけの中での苦心の作かと

思ってます。

昔ながらの長屋の連なる住宅地の一角に鰻の寝床の長方形の土地にどのような

建物を建てるのか という、縛りに立ち向かっていった作品なのかなと。

これは安藤忠雄と、その土地・環境・社会 との合作の建物かなと思いました。

 

住宅っていっても、社会の中に存在するものだから、そことの関係性は重要に

しないといけないのかな と。

 

住吉の長屋はデザイン面は色々と批評はあるようですが、ま、いいんじゃない?

 

その後、常設展の絵画を小一時間ふらっと見て回りました。

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今週末雨で、山に行けないんですよね。。。

 

バイバイ